まき子の「アボリジニのむかしばなし」

第5話 大きな大きなカエル

アボリジニの伝説は、日本のむかしばなしと同じように、数え切れないほどありますが、この大きなカエルの話は特によく知られ、小さい子どもにも親しまれています。 ウォンバット、ワラビー、ゴアナ、エミュー、ディンゴ、カンガルー、エリマキトカゲ、笑いカワセミなど、オーストラリアの動物が次々に登場して楽しませてくれるお話です。


artむかし、ティダリックという大きなカエルがいました。高くそびえ立つ山々より大きく、歩くとドシンドシンと地響きがして大地をゆるがすほどでした。 ある朝、のどがかわいて目が覚めたティダリックは、近くの水たまりの水を飲みました。でも、まだのどがかわいていました。 ため池や小川の水を飲んでも、まだ十分ではなく、湖に行っては水を飲み、川へ行ってはそこでも水を飲み、とうとう地上の水という水をぜんぶ飲みほしてしまいました。 ティダリックは水でふくれ上がった大きなおなかをかかえ、茶色に干上がった大地を満足そうに見下ろしました。地上のすべての水を体の中にたくわえたのですから、またのどがかわくなんてことは、あるはずがありません。

でも、ほかの動物たちはカンカンにおこっていました。ティダリックは一滴の水も残さなかったのです。日ごとにみんなはのどがかわいていき、ブッシュ(注1)の木々の葉っぱもしおれてしまいました。 動物たちはティダリックにたのみに行きました。 「どうか、ほんの少しでいいですから、水を返してください」 ティダリックは大きな目でじっとにらみつけ、あくびをしながら、低い声で言いました。 「ふん、いやだね」 さあ、どうしたらいいのでしょう。長老のウォンバットがみんなを集め、何かいい方法がないか考えることにしました。 「ティダリックをくすぐったらどうだろう。鼻をくすぐったら、くしゃみが出て、いっしょに水が出てくるかもしれない」 ワラビー(注2)がまず口を開きました。でも、この世界で一番大きなカエルの鼻をどうやってくすぐるというのでしょうか。すると、ゴアナ(注3)が言いました。 「いやいや、しゃっくりをさせるのさ。しゃっくりのあとに、水をはきだすかもしれない……」 でも、しゃっくりをさせるうまい方法があるのでしょうか。みんなは首をうなだれてしまいました。

動物たちが頭をかかえていたとき、長老のウォンバット(注4)にいい考えがひらめきました。 「もし、ティダリックが大きな口をあけて笑ったら、水がどっとあふれ出てくるんじゃないかのう」 動物たちはなるほどとうなずきました。そして、どうしたらティダリックを笑わせることができるか、みんなで考えはじめました。 最初にためしてみたのが馬とびです。動物たちは小さいものから大きなものまで、みんないっせいに馬とびをして見せました。でも、やっているうちに楽しくなって、自分たちの方から笑い出してしまったのです。ティダリックはむっつりしたまま、にこりともしません。 次に、エミュー(注5)が自慢の長い足でバレエを踊って見せました。また、ディンゴ(注6)が二匹ずつ並んで行進し、カンガルーたちがリズムに合わせて、しっぽでピシャリピシャリと音を立てました。 つづいて、エリマキトカゲ(注7)が陽気なポルカを踊りました。笑いカワセミはおかしな話を聞かせることにしました。本当にばかげた話で、実際、しゃべっている笑いカワセミが笑いころげ、息がつまってしまうほどでした。 でも、ティダリックはむっつりとして、表情を変えません。 また、ウォンバットがわざとよたよたと変な歩き方をして見せましたが、笑うどころか、眠そうに何度もあくびをしています。

「ぜんぜん、笑ってくれないよ。どうしよう……」 「だれか、もっとおもしろいことができる者はいないの?ティダリックが眠っちゃうよ」 みんなはおたがいに顔を見合わせました。 そこへ、ナムブンという名前の、年を取ったウナギが出てきました。長く住んでいた小川の水がティダリックに飲みほされてしまい、ナムブンはプンプンしていました。かわいた土の上を、今にもたおれそうになりながら歩き、大きな大きなティダリックの前にチョコンと立ちました。 「おい、あんな小さいウナギに何ができるっていうんだ」 「ティダリックが一息ふいたら、とばされてしまうよ」 みんなのささやくのが聞こえました。

ティダリックの真正面に立ったナムブンは、ウナギのことばで話しかけました。ウナギは体をくねくねさせたり、ねじったり曲げたりというように、自分自身をさまざまな形にかえて会話をするのです。 ナムブンはいかりに震えながら、自分勝手なティダリックを責めました。言いたいことは山ほどあり、体をどんどん動かしました。 上に曲げては下にくねり、右に曲げては左にくねり、だんだん速く、そしてだんだん変なかっこうになっていきました。そして、とうとう、こんがらがって自分で自分の体をしばりあげてしまいました。体の真ん中に結び目ができ、身動きができなくなってしまったのです。 ずるくて、むっつりして、みっともないくらいに太ったティダリックが、ここで急に笑い出しました。今まで一度も笑ったことがないティダリックは、自分でもどんなふうにそれが起こったのかわかりませんでした。 最初は鼻息が荒くなり、それからクスクスと笑い、そして、大きな声で、それも長い間、笑いがとまらなかったのです。 「ワァアーーハッハッハッハッハ……」 すると、何かが口の奥深くから吐き出されてきました。ティダリックの大きなくちびるのはしから水がしたたり落ち、大声で笑いつづけているうちに、それはだんだん勢いよく流れ始め、しまいには滝のようにあふれてきました。 水がどんどん池へ川へ湖へと流れこんでいき、もともと水があった場所はなみなみと水でいっぱいになり、あふれてしまう所さえありました。

動物たちはたっぷりと水を飲み、水浴びをし、とても満足でした。また、ブッシュの木々の葉っぱが、前のようにしっとりと緑になるのを見て、喜び合いました。結び目をといてもらったナムブンは、みんなに感謝され、上きげんで元の小川に帰って行きました。 一方、ティダリックは今までになかったような心地良さを感じていました。思いっきり笑ったのでピリピリしていた気持ちがゆるんだのと、水ぶくれしていた体が引きしまったせいでしょうか。ティダリックはもう決してあんな身勝手なことはしないと、みんなに誓いました。(おわり)

  • 注1:低い木におおわれた茂み、やぶ
  • 注2:小型のカンガルー
  • 注3:大トカゲ
  • 注4:アナグマに似た有袋類の動物。地面や木の根元に穴をほって住む
  • 注5:ダチョウに似た、翼がない大きな鳥
  • 注6:オーストラリアに昔からいる野生の犬
  • 注7:興奮すると、首の回りにあるひだを大きなえりのように広げるトカゲ

 

まき子のエッセイに戻る まき子のエッセイ表紙に戻る

池田まきこさん特集