まき子の「アボリジニのむかしばなし」
第7話 カンガルーにはなぜポケットがあるの?
太古から海の真ん中にぽつんと離れた大陸だったオーストラリアには、めずらしい動物がたくさんいます。カンガルー、コアラ、ウォンバットなどは同じ有袋類の仲間です。 カンガルーの子どもが、お母さんのおなかのポケットから顔をのぞかせていたり、頭をかくして足だけを外に出していたりする姿は、とてもほほえましいものです。そのカンガルーのポケットがどうしてできたかというお話です。
「もう、この子ったら……少しもじっとしていないんだから」
カンガルーの子どもはあっちへピョンピョン、こっちへピョンピョン、お母さんカンガルーが見ていないと、すぐいなくなってしまいます。そのたびに、お母さんカンガルーはあちこち探さなくてはなりませんでした。
ある日、いつものように、お母さんカンガルーが子どもの後を追っていると、年をとったウォンバット(注1)がよろよろと歩いて来ました。
「あぁ〜、わしはもう老いぼれて、何にもできやせん。生きていてもしかたがない……」 ぼそぼそと言っているのが聞こえました。
「どうしたんですか?ウォンバットさん、元気を出してくださいな」 お母さんカンガルーは明るく声をかけてみました。
「元気を出せだと?どうやって元気を出せと言うんじゃ。わしはもう、目が見えなくて、自分ひとりでは食べるものも見つけられない。だれも世話なんかやいてくれないし、友だちとよべるものもいやしない……」
お母さんカンガルーは、どうことばをかけたらいいか、こまってしまいました。
「わたしがお友だちになってあげますよ。おいしい草のある所、冷たい水が飲める所につれて行ってあげますとも。さあ、だから元気を出してくださいな」
「おまえさんが?」 ウォンバットはうれしそうにカンガルーのお母さんの方を向きました。
カンガルーはまず、目が見えないウォンバットを自分のしっぽにつかまらせ、近くの川につれて行ってあげました。ウォンバットは冷たい水をゴクゴクと、それはおいしそうにのどに流しこみました。
カンガルーのお母さんは次に、ウォンバットをおいしい草の生えた所へ案内することにしました。年をとったウォンバットにあわせ、何度も休みながらゆっくりと進みました。
生えたばかりの柔らかい草がある場所にたどりつくと、ウォンバットはむしゃむしゃ食べはじめました。よほどおなかがすいていたようです。 「おぉ〜、これはおいしい。こんなにおいしいのは久しぶりじゃ。ありがとうよ」 「お礼なんか、いいんですよ。いつだってつれてきてあげますから」 ウォンバットに感謝され、お母さんカンガルーも心が温まりました。けれども、ここで急に子どものことを思い出したのです。ウォンバットにことわって、元の場所へもどることにしました。 「どこへも行っていなければいいけれど……。あぁ〜〜、どうしましょう。もし迷子にでもなっていたら」
おかあさんカンガルーが心配した通り、子どもの姿はもうそこにはありませんでした。いつものように、ピョンピョンとはねながら、ひとりで遊びに行ってしまったようです。 「ぼうや、いったい、どこに行ってしまったの?」 しばらく探し回って、大きなユーカリ(注2)の木かげで眠っているのを見つけることができました。今回は運がよかったようです。お母さんカンガルーはほっと胸をなでおろしました。 「気持ちよさそうに眠っていること。ここだったらだいじょうぶね。まだしばらくは起きそうもないし、このままにしておこうかしら?」 お母さんカンガルーは、すやすや寝息をたてている子どもをそこに残して、ウォンバットのおじいさんの所へ急いで向かいました。
でも、ウォンバットのすがたが見えた瞬間、お母さんカンガルーは足がすくんでしまいました。アボリジニの狩人がふたり、ウォンバットに向かって、風下からしのびよっていたのです。 目が見えないウォンバットは、全然、気がついていないようでした。狩人は槍を頭の上でかまえ、今にもおそいかかろうというかっこうで、ウォンバットの方へ近づいていました。 お母さんカンガルーは息を止めて、このはりつめた場面を見ていました。でも、狩人の一人が槍を突きさそうとした瞬間、お母さんカンガルーは大きな後ろ足で力のかぎり地面をドシンドシンとけり、狩人とウォンバットの間にとび出していました。 お母さんカンガルーは狩人の気を引こうとしたのです。もし、自分を追いかけて来れば、ウォンバットはその音に気がつき、うまくかくれてくれるのではないかと考えたのでした。 思った通り、狩人たちは鋭いまなざしをカンガルーの方に向けると、ものすごい勢いで追いかけて来ました。お母さんカンガルーは、全身の力をふりしぼって走り、ブッシュ(注3)の中へかけこみました。心臓がドキドキ鳴っているのが自分でもわかりました。ここでにげ切れなかったら、それは殺されるということなのでした。
ユーカリの木々の間をすりぬけ、ブッシュに入ったり出たりして身をかわしましたが、狩人もなかなかのもの、離れるどころかぴったりついて来ました。 長いことジャンプを続けたので、お母さんカンガルーはつかれ切っていました。追いつめられ危うくなった時、ちょうど岩かげに洞くつを見つけ、なんとかかくれることができました。 狩人たちはそれに気づかずに通りすぎて行きました。おかあさんカンガルーはブルブル震える足が止まりませんでした。 狩人の後ろ姿がすっかり見えなくなると、おかあさんカンガルーは子どもの所に急ぎました。今度は、狩人に子どもがねらわれないかと心配でたまりませんでした。 狩人たちはウォンバットとカンガルーの両方とも取り逃がしてしまったのです。小さな子どものカンガルーであっても、見つけたら殺してしまうにちがいありません。 「お願い……ぼうや、眠ったままでいてちょうだい……どうか狩人に見つかりませんように……」
お母さんカンガルーは胸をなでおろしました。カンガルーの子どもはちょうど目を覚ましたところで、お母さんの顔を見てニッコリ。 「お母さん、どうしたの?息がゼイゼイしているよ。だいじょうぶ?……」 「いいのよ、なんでもないの。急いで帰ってきたから」 お母さんカンガルーは子どもの頭を優しくなでるだけでした。そして、ウォンバットのおじいさんが無事だったかどうか気になったので、今度は子どもをいっしょに連れてもどってみることにしました。 でも、子どもの小さい足に合わせなければならなかったので、ずいぶん時間がかかってしまいました。そうです。このときはカンガルーのおなかにはまだポケットがありませんでした。そのため、子どもといっしょの時は、得意のジャンプでは走れず、遠くまで出かけることもできませんでした。 やっと、めざす場所にたどり着いたときには、もう、ウォンバットの姿はありませんでした。 「おうちに帰ったんだわ。きっと、無事に。お友だちになれると思ったのに……」 「ぼくもウォンバットのおじいさんに会ってみたかったな」 お母さんカンガルーは子どもをつれて、来た道をまたゆっくりと引き返すしかありませんでした。
さて、お母さんカンガルーは全然気がつきませんでしたが、目の見えないウォンバットのおじいさんというのは、実はウォンバットではなかったのです。バイアミーという神様が空から降りてきて、不幸な身の上のふりをし、自分が作ったものの中で、だれが一番やさしい心を持った動物か、確かめようとしたのでした。 空の世界へもどった神様はほほえんでいました。優しく親切な動物を見つけ、心温まる行いを見てうれしかったのです。神様はこのお母さんカンガルーにほうびを与えることにし、使いの者をよびました。 「地上に降り、まず、木の皮で細いひもを作り、それで袋を編みなさい。それをディリーバッグ(注4)にしてお母さんカンガルーにわたすのです。あわれなウォンバットの本当の姿を説明し、それをちょうどおなかの所に当てておくように言うのですよ」
お母さんカンガルーは神様バイアミーの使いの者から真実を聞いておどろきましたが、言われた通り、ディリーバッグをおなかの所に当てました。 そのとき、神様が魔法をかけました。すると、それがお母さんカンガルーのおなかにくっついてしまったのです。お母さんカンガルーは初め不思議そうにポカンとしていました。自分のおなかに大きなポケットができてしまったのですから、それはそれはびっくりしました。 でも、これがとっても便利なポケットなのです。子どもがすっぽりと入れるくらい大きく、ジャンプをしながらどこへでもつれて行けます。子どもは中で温まって眠ることもできます。いつでも顔を出して外の世界がのぞけるし、あぶないときには頭を引っこめたら安全です。お母さんカンガルーはもう迷子の心配なんかしなくていいのです。
お母さんカンガルーは神様に感謝しました。でも、しばらくすると、自分だけ重宝なポケットをもらったことを申しわけなく思うようになりました。いとこのワラビー(注5)やカンガルーネズミ(注6)といった、仲間の気持ちを考えてつらくなりました。 神様はまた感心しました。お母さんカンガルーの気持ちが手に取るようにわかり、もう一度だけ夢をかなえてあげようとメッセージを送りました。 「自分だけいい思いはできないというカンガルーに心を打たれました。オーストラリアにいる動物のお母さんにはみんな、このポケットをつけてあげましょう」 今、オーストラリアにいる多くの動物が、おなかにポケットのある有袋類であるのは、このカンガルーのお母さんのおかげといえるでしょう。(おわり)
- 注1:アナグマに似た有袋類の動物。地面や木の根元に穴をほってすむ
- 注2:オーストラリア原産の常緑の大きな木
- 注3:低い木におおわれた茂み、やぶ
- 注4:木の皮、草などで編んだ袋で、アボリジニの人たちが物を持ち運ぶのに使う
- 注5:小型のカンガルー
- 注6:カンガルーのようにとびはねて動き回るネズミ
