豪州屋Roo子のオーストラリア雑感集

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16歳の母親と難民ボランティア

総人口に対する難民受け入れ人数の比率が世界でもトップクラスのオーストラリアで も、裏には複雑な国民感情がありそうだ、という観察を以前のエッセイで書きまし た。私にとってはメディアを通してしか触れることのなかった「難民」問題ですが、 ある「難民」を身近に知るチャンスがありましたので、そのことを書いてみたいと思 います。オーストラリア人で難民の生活を手助けするボランティアをしている友人の Gが、ある難民カップルに産まれた赤ちゃんのことで奔走しているので、一日つき あってみたのです。

赤ちゃんを授かった難民夫婦は、夫が21歳、妻が16歳。2年前に、タリバン支配下の アフガニスタンからパキスタンの難民キャンプに避難し、両親がアレンジしてくれた ボートに乗ってオーストラリアにやってきました。ボートに乗せるために、彼女の両 親が、一人当たりUS$4000をインドネシア人の仲介者に支払ったそうです。2泊3日、 すし詰め状態のボートに乗ってクリスマス諸島に到着。そこから豪州政府の専用機で サウスオーストラリア州ウーメラにあるディテンションセンター(難民の一時収容 所)に入りました。ここで審査を待つこと3か月、テンポラリーの難民ビザを得て、 ビクトリア州郊外に定住の拠点を求めたというわけです。9月11日の同時多発テロの ちょうど1か月前でした。テロの後、アフガニスタンからの難民の認定はさらに時間 がかかるようになって暴動事件が起こったりしたので、その前でよかったかもしれま せん。最初の3日間は政府が宿泊費を出してくれ、そのあいだに政府があてがったア フガニスタン人の付き添いと一緒に家を探したそうです。やっと平和な生活が送れる ようになって、妊娠。そして、今回、出産を迎えたというわけです。

ちょうど1週間前に出産して退院し、母子ともに健康ですが、アフガニスタンに戻っ た彼女の両親とはまだ連絡がとれません。両親の家には電話がなく、友人宅の電話を 借りているのですが、どうもうまくつながらないそうです。16歳なんてまだ子供、そ れなのに、見知らぬ国で母親の助けもなく子供を育てなければならないなんて・・・ とGは、頼まれてもいないのにお母さん代わりを務める気です。洗濯機がこわれてい るのに新しいものを買うお金もないというので、その費用を捻出するため、自分の子 供が通う私立学校の保護者に片っ端から電話をかけて、カンパを募っています。現在 450ドル集まりました。何処よりも安い電気屋を探し、なおかつ「難民用ディスカウ ント」を交渉して、シーツも洗える大きな洗濯機が600ドルで手配できることになり ました。あと150ドルのカンパは、この週末さらに3-4人に電話して集めるのだそうで す。

Gはクリスチャンですが、元々、困った人がいると放って置けない人です。でも、彼 女自身、決して裕福といえる経済状態ではないのに、自分のことそっちのけでなぜそ こまで親切になれるのか。私はちょっと意地悪な質問をしてみました。「もし、同じ ような難民の人が、私も洗濯機がこわれた、ヘルプして、と何十人も言ってきたらど うするの?」「自分の手に余れば、他の保護団体を紹介するし、教会にもかけあう わ。豪州にはそういうヘルプをしたいと思っている人がたくさんいるから。私は難民 全部を助けようと思っているわけではないの。それは不可能だし、中には、中古品の 服は着ません、と援助を断る難民もいるし、英語を教えても不熱心な人もいる。で も、彼女は一生懸命。それに、まだ16歳よ、うちの子と似たり寄ったりの年じゃな い。赤ちゃんのこともだけど、普通の生活だって誰かの助けが必要よ。そういう人が 目の前にいるのに出来るだけのことをしないではいられないじゃない?」「ウーメラ の収容所が批判されているような悪条件かどうかはわからないけど、難民たちは何ヶ 月も我慢を強いられている。でも、親切なオーストラリア人も居る、ってことをわ かってもらいたいの」

5家族から450ドルのカンパとは、よく集まったものだと思います。この国の人たち は、普段から、チャリティやら、スポーツチームのファンドレイジングやら、何かに つけて寸志を出す、また寸志を他人にお願いすることに抵抗がないように見受けられ ます。言われたほうも渋々出したのではなく、Gがこの申し出をしてくれたことにと ても感謝しているのだそうです。うち1-2人は、自分の父親が欧州からの難民であっ た経験から、息子として、誰かに当時の恩返しをする機会を待っていたということで す。

住宅費補助、医療費が無料、など多くの援助を豪州政府は難民に対して用意していま す。税金から賄われるこうした補助だけでも、日本の福祉事情を考えると、驚きで す。それにプラスして、決して国民の総意ではないとしても、Gやカンパを出した人 たちのような善意に支えられて、難民が定着しているのでしょう。クリスチャンでな く、特に篤志家でもない私には、無差別に誰かに奉仕するという発想が素直にうまれ てこず、Gと同じような心境にはなかなかなれません。それでも、袖擦りあうも他生 の縁。赤ちゃんの写真をデジカメで撮り、故郷にいる両親=赤ちゃんのおじいちゃん おばあちゃんに送れるようプリントしてあげることを申し出ました。写真が両親のも とに無事に着くことを心から願っています。

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