クィーンズランド州の大学から A
僕がこの大学を選んだワケ
- お名前山下徹(やましたとおる)さん
- 1958年12月10日生まれ男性(職業研究者)
- 大学名UQ:クィーンズランド大学
- (The Universityof Queensland,内 NanoChem Research Pty. Ltd.)
- 1991年4月から
クィーンズランド大学についてまず説明します。1994年頃に政府で大学を6レベルに分け、研究費の配分もこれに沿って行おうという試みがありました。但し政府はレベル3までしか公表しませんでした。レベル1の最高ランクに入った大学は順不同で、クィーンズランド大学、オーストラリア国立大学、メルボルン大学、ニューサウスウェールス大学、西オーストラリア大学、そしてアデレード大学でした。西オーストラリア大学、ニューサウスウェールス大学を除くと、上述の大学でノーベル賞受賞者を輩出もしくは賞の対象になった研究がなされています。
私は1991年にオーストラリアに移住してからずっとクィーンズランド大学(University of Queensland)の電子顕微鏡センター(Centre for Microscopy and Microanalysis)に所属し高温超伝導の研究を行ってきました。
しかし私がこの大学で働くようになったのは「研究のレベルが高い」などというアカデミックなものではなく、「生活するために職が必要であった」ということが第一です。まずここに来ることになった経過をお話しいたします。1991年に移住許可を得てから私は東京からオーストラリアの全大学の材料、化学、物理学科にポスドクの席がないか手紙を出して職を探していました。返事のない大学もありましたが、返事をくれた大学は全て「空きがない」との断わりの手紙でした。
そのときネイチャーという雑誌にクィーンズランド大学の電子顕微鏡センターで超伝導の材料研究者(電子顕微鏡研究者ではなく)を募集しているのを見つけました。すぐにファクスで英語の履歴書を送りました。2週間位たって、大学から国際電話があり「飛行機代はこちらで出すので面接にすぐ来るように」とのことでした。「飛行機代を出すくらいなら決まったも同然」などと思って行ってみると、アメリカのIBM研究所から1人、そしてシドニーに移住したてのイギリスのオックスフォード大の(元)研究者が1人の計3人よるサバイバル面接だったのでした。昼食も皆で取り丸1日かけて個人面接、全体面接、発表、質疑応答などが行われ、最終的には私が日本に帰って3週間位して採用の電話をもらいました。
現在私はナノケム社(NanoChem Research Pty. Ltd.)に勤めております。この「会社」は上記クィーンズランド大学の電子顕微鏡センターに所属していたリサーチグループが中心になり大学からスピンオフという形で2000年の3月に設立されました。会社といっても大学の建物の1.5フロアを占有して研究を続けているベンチャー会社です。一口で言いいますと我々は環境問題に関する研究開発を行う会社ですが、その中でも以下の2部門を主流としています。
- 触媒研究 - (特にNOx、COx除去用の触媒の開発)
- Kaolin Amorphous Derivatives (KAD)(非晶質カオリン誘導体)研究 - (産業廃液から重金属イオンを取り除くカオリン誘導体の開発)
私は触媒研究グループの中で物質合成をまかされております。上でも述べましたように私は高温超伝導の研究を行ってきました。そこでは高温超伝導体の輸送現象、磁気的性質などの物理的性質についての研究が主でした。
しかし研究を続けるうちに共沈法によるセラミックパウダー合成などの化学的手法にも手を染めることになり、いつのまにか私が材料合成の第1人者になっていました。そこで上記2本柱をメインにベンチャー企業が発足した際に私は触媒材料合成をテーマに触媒研究グループに移りました。もっとも高温超伝導の研究を全く辞めてしまった訳ではなく、細々ながら現在も行っております。
オーストラリア、カナダ、日本の違い
私はカナダで博士号を取りましたので、3ヵ国に長期滞在したことになります。違いを全くの私的観点からまとめますと、カナダ - 多くの学生に門戸を開くが1/3くらいしか卒業できない。従って1年生には悪ガキも含まれるのでのティーチングの手伝いは大変。オーストラリア - 生活はカナダと似ているが、学生の気質が違う。大学入試ですでに選抜されているので(日本と同様)1年生であっても学生はそれなりに振る舞う。職の安定性に乏しい。例えば5年前に私の部署いた24人中20人が転職もしくは失職。日本 - 何といっても拘束時間が長い。娘が生まれた頃は、月曜日から金曜日の間に私のことを忘れてしまい、土日で関係修復というパターンを繰り返す。ただし職は安定している。
僕の日々の生活
私の1日
朝は9時からですが、私は子供達を学校に送ってから出社するので8時から8時半の間に到着します。それから実験に取りかかります。この辺は大学にいたときも、ベンチャーとなった今もほとんど同じです。実験ノートはかなり綿密に取ります。自分が職場を去るときにはそれを置いて行かなければなりません。私も共沈の実験を始めたときには、よく既に辞めてしまった研究者のノートを読みました。こちらでは1時から2時が昼食時間ですが、私は大体12時から1時に取ります。そしてまた実験。できるだけ4時過ぎに実験を終了させてその後はデータ、ノートの整理。5時過ぎに退社。この間にミーティングの入るときもありますが、私の場合1週間に1回以下です。ミーティングのディスカッションにより私の次の1〜2週間の計画が決まります。
詳細情報
- 研究内容
- こちら で研究内容、論文などを紹介しています。
- 在職期間 1991年1月〜
- 専攻 職業研究者Research ScientistNanoChem Research Pty. Ltd.
- ご自身のHP http://www.medianetjapan.ne.jp/two/brisbanehelp/firstpage.html
- ブリスベンの教育事情などの情報が得られます。 掲示板 最近掲示板をオープンしました。
- E-MAIL tyamashita@nanochem.com.au
写真で拝見する限りでは、「まじめそう」というのが第一印象ですが、山下さんは空手もされるということなので、どうやらムキムキマンかもしれません。やはり、ご研究内容は専門的でイマイチ豪州屋には超伝導のように伝わらないので、次回オーストラリアに行った際には是非研究所の中も案内させていただき、追加ご紹介したく思っています。


第2回目は、1回目の野北さんからご紹介により、山下 徹さんの登場です。氏もクィーンズランド大学においての職業研究者として活躍さてれいます。